ザビエル・カトーの「いい加減に生きてます」

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目黒で生まれた男

 

 

大阪で生まれた女、って有名な歌があったけど、父はさしずめ「目黒で生まれた男」だ。

 

ザビ家、いや今日のところは加藤家とするが、加藤家がそもそもどこの馬の骨かはよくわからない。

 

ただ、直系ではオイラのひいおじいさんの代には目黒には住んでたようで、そうだとすると、高祖父も東京の人間で明治維新を迎えたっぽい。

 

また、ひいおばあちゃんの父、オイラにとっての高祖父のひとりは「芝区三田台町」という今の港区高輪から三田あたりに住んでいたと戸籍謄本でわかっている。

 

以来、加藤家は目黒通り沿いに100年以上展開していくことになる。

 

父は目黒の駅前(品川区)で生まれ、育ち、小学校に行き、中学からは慶應でずっと三田。

 

就職先の東横学園は今のザビ家、目黒通りの近く。

 

生家の割烹かとうをたたんだあとは、目黒区中根で大家さん業を営み、今の家に50年暮らした。

 

そして、最後には菩提寺である目黒通りの起点、白金清正公に眠ることになっている。

 

まあ、オイラも弟もおそらく同じ道を歩んで、それで加藤家は幕を閉じる予定。

 

天皇家以上に、後継者問題は厳しいものがある(^^)

 

 

ということでお通夜。

 

環七沿いのほんとに小さな葬儀社。

 

何人か友人たちの中には出席したがってた人もいたけど、ほんと10人でいっぱいなので、お断りさせていただいた。

 

 

祭壇も超シンプルに。

 

区民葬扱いになるので、お見積りもリーズナブルだ。

 

会社関係がなければ、ほんとこれで十分だと思う。

 

たぶん父が自慢したがるだろうところは、通常の棺桶だと尺が足りないので、+0.25大きいサイズを用意してもらったことじゃないかな。

 

死化粧も見事で変な言い方だが、生き生きとしていた。

 

お経は清正公の住職が来てくれた。

 

最後の講話が実に中等部の先輩らしいなと思ったのだが、一蓮托生や「葬」や曼荼羅の話をしていった。(こういう教養系の話が好き)

 

 

初めて知ったが、これが曼荼羅で、死後我々はこのお釈迦様のいる世界に行くらしい。

 

ただし、お経を聞いてると、この世のものは一切断って一人で行かなくちゃいけないよ、みたいな内容だった(^^) キビシ〜!

 

で、それを導いてくれるのが仏様という筋書きらしい。

 

あ、うちは日蓮宗なので、宗派で違うかもしれないし、オイラの聞き間違いかもしれないので、そのへんは許してね。

 

ともあれ、親戚は母の弟妹家族のみだし、ちゃんと話をするのは、オイラは十年単位ぶりだし、いとこに至っては、学生時代にザビスタで楽器やオーディオの話をして以来w (結婚式とかも行かないし)

 

そんなこんなで、叔父さんとビール飲みながら語り合えたのは、うれしかった。

 

あ、酒席の写真撮り忘れた。

 

酒席は、父の好みにかこつけて、和風のものは排除して、オイラが食いたいローストビーフとサンドイッチにしたんだが、美味かった。

 

たぶん3人前はオイラがサンドイッチを食って、弟がローストビーフを食ったw

 

滞りなく式を済ますことができたが、反省点もある。

 

弟の気持ちは普段からもっと汲んであげなくちゃな。

 

どうしても長男として仕切ってしまうんで、弟の意見が聞き取れてない。

 

もっとも何考えてるかわからないのだがw

 

弟もよっぽど腹に据えかねる時以外、黙ってるし。

 

ま、励みます。

 

明日も粛々とがんばります。

 

 

χανι@67.1kg

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